Wear something。
“裸でなければ良い”と、いたってシンプルなのだ。
我が家の猫は、年2度、衣替えをする。だが、ワードローブに着替えを用意しているわけではなく、毛の厚薄を季節に合わせるだけでのことである。
彼は、一生一枚の衣で過ごす。
それも、洗うこともなく舌先で舐めることで済ますのである。なんとも羨ましいシンプル・ライフなのだ。
私は引退時に、ユニホームであるスーツとネクタイを脱ぎ捨て、未練なくことごとく処分した。引退とは何と強烈な区切りであろうか。
さて、何を纏えば良いのだろうか。
これからは、世間との関わりは私ことだけの身。相手に不愉快な思いを与えず、清潔なものであれば良い。気楽のはずだったが、これがこれで、意外に厄介ごとである。
はしこい知恵と工夫を求められる難題なのである。だが、意外に簡単にことは運んだ。
現役時代、横目で睨みながら一度も手にしなかったジーンズを、中心に据えたファッションにしたのだ。
それに、もう一つ大きなヒントに出会った。
スティーブ・ジョブスは、いつも変わらない黒の長袖Tシャツをジーンズの上に纏っている。この黒Tシャツは、三宅一生にデザイン縫製させて、同じものを大量に作らせ、いつも同じものを取替え引換え、着ていたというのである。
これこそが猫の衣、毛皮だ。見事な究極のシンプル・ファッションである。
これで私の引退生活のユニホームが決まった。
“ジーンズとTシャツ”。
これが先に決めた“短髪と4mmの顎髭”に意外に似合う。私は早速買い揃えた。
先ずは、黒・白・藍・ダークブラウンのジーンズ。それに、白と黒の長短の無地のTシャツ。加えて、季節調整用に、薄手の黒、黒紫と赤紫の無地のセーター。
これで、日常の生活は世間に紛れ過ごせる。
また、ドレスコードが小うるさいゴルフ場やジム、それにレストラン用に、無地の白と青と遊びこころのピンクと黒のYシャツ、それに黒とグレーと濃紺の無地のジャケットである。
これだけである。
だが、基本は、黒と白である。白と黒はぼんやりだが季節が取り込め、季節からも解放されるという寸方になったのである。
破ればつくろい、綻ろえば直す。
現役時代では、考えられないほどの愛着ぶりである。自分と強いつながりを感じる、こなれた着心地よさなのだ。
皺さえも、猫の舌のように手でさっとなぞり、それで終わりが良い。
今も、Tシャツとジーンズで一年通している。いつも同じ服、これで良いと言うことに自然になっている。自分らしく着こなし、快適な毎日装いを纏う幸せと楽しみを手に入れた。
独りで悦にいる、納得のいく幸せである。
蛇足ながら、今のビジネスマンはスーツにネクタイをしない。引退時の区切りの術と楽しみを無くしたのではないかと、他人事ながら心配している。
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