一幸12。靴を脱ぎすてる。

レストランのテーブルの下で素足を遊ばす。

この開放感が、何ものにも替え難い幸せがある。

素足と下駄の文化に慣れ親しんだ日本人が、靴を履く生活を日常としてほんの200年。そんな日本人である私には、西洋人の靴への拘りには、到底理解し難いものがある。靴への執念である。選び買う折に見せる徹底ぶり、また、尋常でない日頃の手入れでる。

靴を見て、その人の生活ぶり。財力を推しはかりそれ相応の待遇が決まるとはよく言われている。まさに,足元を見るである。

それにまして、人前で素足を見せることの無作法には、我妻は常々厳しく、Red Cardを瞬時に高々と差し上げる厳罰ものである。御法度である。

今日,とある評判の高いフレンチ・レストランで両足の靴を脱ぎテーブルの下で、自由にあそばせることに成功した。当然、妻の目を盗んでの快挙、マナー違反をやってのけたのである。

この解放感、この幸せ、なんだろうか。

幼き頃の下駄生活、履物を脱ぎ捨てての裸足の家での日常、幸せであった昔に一時的脱出である。

こんないたずらが、愉快で幸せなひと時にしてくれた。

コメントはこちらから

コメントの表示が遅くなる場合がございます。