一皿09。焼き鰯ランチ。

おざなりになりがちな昼飯に、久々に真打登場である。

若き、現役時代の昼飯は単純であった。ひたすら、空き腹に腹一杯押し込む、満腹が唯一の課題の昼めし。

選ぶ先はそれほど難しくはない。店も心得たもので、激しい食欲に応えるべくお膳立てして網を張っていた。

定番は3店あった。
筆頭は居酒屋のランチ。ご飯、味噌汁、細切沢庵のおかわり自由の、キャベツ添えの鯵フライ定食。今でも食指をうごされるランチである。

強敵は中華
チャーハン、餃子、ラーメンの三点セットと炭水化物オンパレードでのランチである。

おっと、蕎麦屋も黙ってはいなかった。
お蕎麦と天丼、親子丼、かっ丼の丼物のセットのランチで勝負を挑んでいた。

さて、この一年、夜となると少し値のはる割烹での昼食を楽しんでいる。

地下鉄から地上へ出るか出ないかのうちに、焼き魚の匂いが密かに鼻腔をくすぐり始める。

板さんが顔に汗を滲ませ備長炭で焼く、いわし・くろむつ・すずきの香ばしい匂いが微かに漏れ漂い誘うのである。

その匂いに誘われ、11時を回り始めると、開店を待ちかねた顔見知りもちらほらする常連たちが三々五々と集まり、なんとなく列を作り始める店である。

今、私が決まって選ぶのは、“焼きいわし”である。

おかわり自由の小鉢の大根おろしと一切れのレモンを添えて出てくる“焼きいわし”。時に、この大根おろしから淡い深い匂いが鼻の奥を刺激すことがある。新鮮なのだ。

この“焼きいわし”は、黄金色に焼きあがった腹あたりに少し脂を滲みませ、秋刀魚のように切り目は入っておらず、また、鮎のように踊り串で打ち身をしていないので、静かに穏やかに皿に乗っかっている。

先ずは、丁寧に優しく箸で全身を抑え、苦味が程よいハラワタにしろみを少しだけ混ぜ、レモン汁をかけ、醤油を垂らした大根おろしで包み食べる。

その一口が終われば、あとは一気に解体である。

くまなく身を骨から丁寧に外し、しろみ、ハラワタ、小骨、黄金色に焦げた皮をご飯と共に食べつくすのである。

遠くなった満腹の幸せを夢見る日々での、久々の満腹、満足。朝を抑え、昼に備えた幸せを、匂いをつまみに味わうのである。

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