一幸69。私の知らない街になっていた。

良い酒には良い帰り道が待っている。


そのはずだったが今宵はそうはいかなかった。我らの夜は始まりも終わりも早い。今宵は、現役時代、よく夜を過ごした懐かしい街での久々の友との酒席である。

未だ、東の空には月があり、夕陽が西の街並みのビルの陰からその残照を赤々と陽射をしている。そんな夜の入り口には、もう帰路についていた。

久しぶりの懐かしい街。友と別れた後、酔い冷ましと夜風に体を預け思い出の通りを歩いてみた。

若者たちの店探しの姿が目に入ってきた。若い男グループはスマホ片手での店探し。若い女の二人連れは、店先の看板のメニュー表を覗き込みなにやら相談をしている。

そうした若者達の先に、懐かしい路地が目に止まった。

その奥詰った所に昔馴染みの店があるはずと、路地に踏み入ったが、その店の姿が見つからない。そこには見知らぬビルが建っている。

妹が奥座敷を、姉は奥詰まった所のカウンターを仕切っていた料亭で、そのカウンター席に週あけずに通っていた思い出の店である。

こうなるともう一軒確かめずにはいられない店がある。

当時でも珍しくなっていた赤酢の寿司屋。自転車で通う年取った板さんと二代目のゴルフ好きの店主を気に入り通っていた老舗の店。

気の強い奥さんが苦手で、彼女が店に顔だす前に退散していた店である。やはり見当たらない。そこにも新しいビルが建っていた。

この街は、私の知らない街になっている。
ついつい、昔を懐かしがり長居していたようである。陽はすっかり落ち、この街が夜の顔をまとい始めていた。

追い討ちをかけるように、せっかくの酔いが台無しになるシーンが目に入ってきた。

今は、すっかり少なくなったが、未だ幾件か料亭が並ぶ裏通り。道を塞ぐように数台のハイヤーがその店の前を埋めている。やがて、数人の酔い客が騒がしく出てきて、お土産を手に車に乗り込んだ。

酔いを一気に冷ます目を背けたいシーンである。久しぶりの友との一杯、飲んだ場所が良くなかったわけではない。帰るタイミングが外れただけである。

この街で飲む時は、夕陽が西の空に残る時間には終え、さっさと帰路に着くのが良いようだ。

コメントはこちらから

コメントの表示が遅くなる場合がございます。