一幸71。伸びしろのある百年と、ない百年。

森の寿命と人の寿命の話である。

人は後がない100年だが、明治神宮の森は、ようやくたどり着いた100年。今年、開園100年の明治神宮は森の中にある。その森は、樹齢100年と若い。

樹齢2500年を越える屋久島の縄文杉、ノアの方舟伝説の頃4800年樹齢と言われる米国カリフォルニア州イエロー国立森林公園のセコイアなどに比べると、まだまだ、生まれたばかりの樹々の森。

この森は、全国各県からの献木10万本で造成された人工の森とか。その森の樹々は、伊勢神宮や日光東照宮のように人を威圧するように、そびえ立つ杉並木ではなく、照葉樹が主である。

珍しい動植物を含む約3千種もの生物を育み、やまと言葉の名を戴いた150種の花菖蒲が、花を咲かす花菖蒲園もある優しい森である。

そんな若い森だが、参拝者には木陰を与え、樹々を渡る風をひんやりと冷やし気持ち良い涼風をも与え、若者たちであふれる原宿の賑やかな声を包み込み消し、参拝者を静いつの中に包み込み、祈りのひと時を与えている。

神社の森としての役割を果たしている、そんな立派な森である。

そんな森に出かける今朝、路傍で買い求めた我が家のデッキの朝顔に、目一杯の水を注ぐ。この朝顔たち、夏の終わり近いと毎朝のように赤、青、白の花を急ぎ咲かせ、その夕にはその花を落としている。やがて、この夏の終わりには枯れ果てる一夏の命の朝顔である。

朝に“一朝で枯れる朝顔見る” を楽しみ、その足で、“100年を迎えた若い森に遊ぶ”を楽しんだ。

そんな自然の妙に触れる幸せな一日となった。

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