一皿33。京の店。

旅先での店は、匂いと感を頼りに導かれる。

高瀬川沿いに咲く真っ白な紫陽花越しに、薄暮の中に漏れる灯りに誘われ、格子戸を開けた。

京都ホテルと呼ばれていた当時から、私の定宿であった京都ホテルオークラから2、3分の所に、その店、割烹「やました」がある。

暖簾を潜り、おかみさんに案内され白木のカウンター席につく。カウンター越しに、大将と4、5人の板さんが、きびきび働く姿が目に入る。

先ず、付け出しを肴に、大将の出身地の地酒、取手川を冷で始める。
程よいタイミングで大将に勧められるままに、鮎をお願いする。

最初の一皿に思わず笑顔が浮ぶ。

一口二口箸をつけ料理から目をあげると、大将が、そっとだが、少し体を動かす気配を感じた。それに、途絶えていたと思っていた会話が、隣席の客から漏れ始めた。

隣の母娘が、箸をつけている徳島の岩牡蠣にそそられたが、大将の奨める、やはり、この季節、鱧の湯引きの梅肉ソース添えにする。

今宵は、大将の勧めに妙に素早く納得する。
いい流れに乗っての宵になっている。

こうしたお店では身の程をわきまえ、大将、お隣さん、常連さんといった、ありがたい人たちの助けを得て、その流れに乗るのが一番である。

さらに、お勧めの鴨肉の炙りと、一皿一皿と重ねていく。

やがて、大将との会話も始まり、両隣のお客さんとも打ち解け、すっかり、お店との距離もなくなる。
一見客である私を受け入れてくれたようだ。

我儘な私、そう簡単には惚れはしないが、妙に素早く気に入った、この店。京好きの私、今にまして、京を訪ねる頻度が増える事になりそうである。

店先まで、送りに出てきた大将と女将さんに、この大晦日の席をしっかりとお願いしていた。

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