一皿35。のど黒の塩焼き。

旅先の夜は大切。

夜の店を決めかねて、街を隈なく彷徨することになる。
福島市は初めての街。東京から近いわりには、まだ訪れたことがない。

今回の旅で、雨で予定を狂い、何となく泊まることになった街。

福島県の街は、那須に避暑やゴルフで訪れた折りなどに、会津若松までは行くが、福島や相馬、郡山となると、なかなか足が向かない。

初めての街、それもたっぷりと時間があるなと、その夜の店探しは念が入る。

一先ず、福島駅前に広がる繁華街に足を踏み入れた。

店探しは、人はSNSを勧めるが、やはり、地元の人たちの情報を自分の目で確かめるのが良い。

ホテルのコンシエルジュから情報をベースに、現場での情報を加える。
店前でタバコを吸っている客待ちのバーのマダムに、老舗の店前で箒仕事に精を出しているご主人にと、声をかける。

後は、彼らが勧める店を覗いて回る。

そんなことをしながら、見つけたのが、今宵の店“味乃桃の井”である。

店頭に、さりげなく掲げた手書きメニューと、店構えが気に入り暖簾をくぐった。
どうやら、間違いない選択であったようである。

若い大将の勧めるまま、辛口男山であれこれと摘む。どれも生きがいい。良い仲買人との長い付き合いがあるに違いない。
それに増して仕事が丁寧である。

ひと通りあれこれと摘んだ程合いで、大将から一声が入った。
   “のど黒の生きの良いのが今朝手に入った”。

魚好きの私、あれこれと喉を通し、舌に火がつき口の筋肉も緩んでいる。熟考の入る余地などない、そんな絶妙なタイミングでの勧めである。

パリッと香ばしく焼けた皮から、旨味たっぷりの脂が
“じゅわーっと”染み出て落ち、炭で爆ぜる。

脂がのり抜群な小振りの一匹まるまる、勧めるままに焼って貰う。高級な魚ほど、刺身で味わってみたいと、そんな思いもするが、ここは大将の勧める“のど黒の塩焼き”でのアツアツのご飯で締める。

見事な“のど黒の塩焼き”が仕上る。久しぶりの贅沢な夜となる。

やはり、である。
勘定の段になって、その異常な高さに衝撃を受けた。支払いの半分近くが、のど黒一匹なのである。

だが、そう騒ぐことでもない。
それ相応の満足感を与えてくれた。

これほどの一品に出会うには、探しても、待ち伏せしても所詮無理な話。今夜の如く、ひょっこりと目の前に現れるものだ。

美味しいもの、美しいものは、旅の歓び。
旅での幸せな思い出に繋がる、そんな出会をした初めての街、福島の夜であった。

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