住むように旅する。
旅先の街がすっかり馴染み、日ごろと変わらない落ち着いたものになる。
そんな旅先が、暮れと正月を含め、年、何度となく訪れる京の街。
その京での散策の足は、車を捨て、京の人たちに混じり、市バスと路面電車を駆使する。
京を知り尽くし、京への移住をも企んでいる女の友に、勧められた京の足である。
昨年の暮れ、昼前に嵯峨野にむかつた。
ホテルの下から、地下鉄東西線で四条大宮、そこで嵐電に乗り換え終点の嵐山まで行く。
東京、古都鎌倉と観光地の江の島を走る江ノ電と、都心の生活地を走る荒川線を一緒にしたような、路面を走るレトロな電車、嵐電。
この嵐電、その沿線住人にとっては、下駄履き感覚の乗り物。
その一方、渡月橋、天龍寺が終点駅にあるだけに、旅人にも便利な観光電車でもある。
その車窓からの情景が、京の人たちの日常を覗かせてくれる。
断然、愉快なのが、この嵐電のプラットフォームである。
その異例尽くしを、たっぷり楽しんだ。
先ず、山ノ内駅。
車が数少なく走る路面、目立つような駅名の看板もない。そのプラットホームが、うっかりすると足を踏み外してしまう、足長3つもない程と異常に狭い。
それに、玄関先がホームの柳小路駅。
駅に着くブレーキの音を合図に、トーストを口に咥え、手にはコーヒータンブラーを持ち、履き終えない靴を引っかけながら飛び乗る。
そんな日常が目に浮かぶ駅である。
そうして、終点3つ手前の車折神社駅。
神社とホームがつながっている。
お参りもホームから、ちょこんとすれば良い程に、神内と駅が渾然一体となっている。
その境内にある芸能神社は、芸能人たちが毎年お忍びで参拝に来る芸能の神様とか。
そこで、もう一つ。
片道220円と東京の路線バス並みの料金。
この路線のプラットフォームでは駅員は見かけない。
駅員の代わりに、移動可能の自動料金回収機が置いてある、その大らかさが良い。
それに、また、駅前から参道が続き仁和寺の仁王門が見える、あの御室仁和寺駅も、嵐電、北野線の駅である。
ほんの一昔まで、東京を始めいろいろな街で路面電車が庶民の足として、走っていた。その当時は、こんな駅が多かった。
この現代において、こんな下駄履き電車を楽しめる京、この街が、私のもう一つの日常を過ごす街になりつつある。
今年も、こんな京都に、暮れから正月にかけ訪れる。
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