吉野山の旅館、湯元・宝の家が廃業したとのニュースが飛び込んできた。
その宿、ずいぶん昔だが、一夜お世話になった宿。
その大広間から、大正ガラス越しに眺めた吉野山の桜が、歪んで見えたていたことを、懐かしく思い出し
この吉野山、豊臣秀吉が700本をの桜を植林し、盛大な花見の宴を張った。その桜が、今では、3万本のもなり、下、中、上、奥の4ヶ所に密集し「一目千本」と呼ばれる、名だたる桜の名所となっている。
花見は、古くは、梅の下で歌を詠んでいたが、平安から桜となったとか。現在の桜見の宴は、あの秀吉の桜見宴が縁となり、江戸時代には一般市民も楽し見始めた。
インバンド政策のおかげか、東京の街も世界からの旅人で溢れ、花見の名所には、交通整理人が出る騒ぎ。
私が、楽しみしている桜見は、決まって、千鳥が淵の堀際と対岸の城壁の桜だが、旅人で溢れているとのニュース。
念のため、旅人たちが夜遊びで疲れ寝込んでいる早朝を狙って、英国大使館から千鳥が渕を抜ける、桜並木を目指して出掛けた。
無念ながら、既に旅人たちで溢れ占領されていた。
早々に諦め、青山墓地での桜に切り替えた。
墓地と桜、その意外さに驚くが、桜の持つ毒消し効果を期待して、多くの寺で桜を植林している。
墓と墓との間を、ふっと覗くと、墓石の隙間のあちこちで、若い二人連れが、早朝にもかわらず缶ビールを片手に、そっと寄り添っている。
ここは、無粋な邪魔をしてはならずと、そっと退散。
どうやら、老いたる者の花見は、ひと気のまだらな昼間、ご近所の老木姥桜の下が、お似合いのようだ。
風に冷たさを感じない暖かい日中、ぶらりと出かける。
そこには、ひっそりと一本の老いた桜がある。その老木から散る花びらを身に浴びながら、静かに日長過ごす。
ここは、当然、席取りの心配もいらない。
ベンチに腰掛け、枝から離れ空に舞う花びらに目を喜ばせ、缶ビールで口をも喜ばす。
私の桜見の宴は、今は、一人静かに、老木の桜の下がお似合いの様だ。
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