15万キロ走り込んでいる我が車。流石に、あちこちと不具合が顔を出し始めた。

この数ヶ月、友の待つゴルフ場や女房殿の買い物といった近場に連れ出すのみながら、未だ未だ、引退をさせると言う故にはいかない。
これからの私の車一人旅は、高速道路を離れて、深く抉った田舎道を走る旅である。
一番美しい日々は、まだ過ごしていない日々
一番美しい子供は、成長前の子供
一番美しい海は、まだ航海していない海
この言葉に倣えば、これからの私の車一人旅は、
“一番美しい道は、まだ轍跡を残していない道”となる。

昨夜の台風が嘘と思えるほどに、今朝の空は清々しい空気感に溢れていた。早朝、車庫から車を引っ張り出した。

太陽を受けて赤銅色に光る山並みが近くに迫りだし、瓦屋根の家々が見え隠れし始めた。高速道路から離れるタイミングである。
歩くほどの速さに落とし、里人も消えた畑道を走しらせる。
肩から力も抜け、一気に旅心になる。

日本は“豊葦原千五百秋瑞穂国” 豊かな稲が実る国。
このあたりの田んぼでは、まだ稲刈りは始まっていない。子供の頃、良く吹き飛ばして遊んだ綿帽子が、開け広げた車窓から飛び込んできた。

秋めいた高い空の下一面に、尾花、桔梗、女郎花、秋桜、露草、野菊、藤袴、葛、萩、釣り鐘と秋草が背揃いし咲き誇っている。

やがて稲刈りを終え、秋の終わりの兆しが見え始める頃には、キリギリス、コオロギ、松虫の鳴く声が、開け果てた車窓から忙しく入り込んでくる。

高速道路を疾走していた折りには、気づかずに通り過ぎてしまっていた日本の秋の原風景、日本の美しい秋との出会いである。
まだまだ轍跡を残していない道が、広い日本のあちこちにある。
人も車も姿を消した夕暮れ時、穏やかな道をゆるりとした走り、そこの景色を独り占めする。

大きな体躯を震わせ高速道路での疾走を訴える愛車に、こんな日本列島を奥深く入り込んだ道での走行も良いではないかと、優しく語りかける。
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