一言42。TV離れ、深刻か。

引退した身、さしてやる事もなく“TVでも”の時間が増えた。

スイッチを入れると、お雛壇スタイルでの番組が目に飛びこんでくる。
スタジオに雛壇を構え、お馴染みの解説者ともに雛壇芸人達が神妙な顔つきで鎮座し、司会者の世界の難事の問いかけに、自説を解説さえも添えて、専門家顔負けの堂々さで披露する。

最後は、皆一斉に大笑いし和やかな内に番組を終える。

更に、不思議なのは、天気予報番組がやたら多くなった事である。天気予報士がスタジオを離れ、寒空の放送局本社ビル前で何故かマスコットのぬいぐるみ人形と共に報じる。

スタジオでの放送では、天気予報士のその横にアナウンサーが神妙に立ち、天気予報士の報道に表情豊かに頷いたりしている。
その役目を仰せつかったアナウンサー達、巧みに隠してはいるが不満の気配が見え隠れしているのも、ご愛嬌である。

こうした天気予報番組が1時間おき、ひどい時は半時間おきと思える頻度で放送されて、時には10分以上もの時間をかける番組さえある。

何故、天気予報をドラマ仕立てにしないといけないのだろうか。


スマホで調べれば直ぐに得られる情報を。
明らかに、演技過剰、多過ぎ、長過ぎ、である。

確かに天気情報は生活に密着したニュース、大切な情報の一つである。
夏場など暑い季節には、小さな子どもを持つ親にとっては熱中症や雷雨などのリスクの心配があり、更に農家や観光業者にとっては死活を決める情報である。

ならば、天気予報の専門チャネルを新しく開設すれば良いのではないかと、ふっと思ってしまう。

更に、もう一つの不思議がある。
多い時には、5人ものアナウンサーがスタジオで横並びして放送する番組が増えてきたことである。

流石に、こうもアナウンサーが多くては出番のないアナウンサーが出てくる。そうした折にアナウンサー同士の会話がさりげなく始まり、悪ふざけと思われるシーンを見かけることになる。

こうした番組を見せられるにつれ、BBCの報道番組を羨ましく思うのは私一人ではないだろう。

このBBCのニュース番組では、ベテラン・アナウンサーが現地取材記者や専門家とのやり取りをビシバシとさばき、時には専門家をスタジオに呼び議論する。

日本のニュース番組でのアナウンサーは、用意された原稿を読むだけの役割で、一方BBCのアナウンサーはブロードキャスターと呼ばれ、自らの意見を自分の言葉で伝えていると言う。

日本のTV番組が、いつの時代からこうも幼くなったのか。
心ある視聴者のTV離れが深刻となるのも仕方がないお瑣末さである。

この数ヶ月、世間を騒がしているタレントとアナウンサーのトラブルも、こうした土壌が遠因になっていないだろうかと、ふっと思ってしまう。

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